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圓乗寺住職 服部巧顕上人

平成27年3月末で青年会退会にあたり、圓乗寺 服部巧顕 師の『今、思うこと』

 平成9年度に22歳で青年会に入会。総会の会場に1時間前に到着して、初めてお目にかかる先輩上人を強張った面持ちでお迎えしたのが懐かしい。入会して5年程は自身の思いを胸に秘め、先輩の言われるままに行動する日々が続いた。それと同時に、年齢の近い青年僧と我々の時代が到来したら風通しのよい青年会にしようと語りあった。卒業して振り返ると、威厳のある先輩に抑圧されて意見が言えなかったと言うのは言い訳にすぎない。実際には、言われるまま行動していたのは、責任を逃れることの逃げ口上。先日、在家から出家して師匠にお仕えして来た60代の僧侶から、自身にとっては耳が痛い話を聞いた。30代の頃、お師匠さまに企画書を前に差し出し「お寺でこのような新たな研修会を開催したいと思いますが、いかがでしょうか?」とお尋ねしたら「駄目だ!」と一喝。それではと更に企画を練り込みお伺いしても、別の企画で「これならば開催しても宜しいでしょうか」と尋ねるも認めてもらえない。数週間経っても新たな試みへの熱意は冷めることなく燃え上がるばかり。今度は思い切って当初の企画書をもって「どうしても開催したいのでやらせて下さい。お願いします」と伝えたら不思議なことに笑顔で「頑張りなさい、応援するよ」と返答があったそうです。その結果、その熱意が檀信徒に伝わり研修会では本堂は満堂で参加者には好評。その先輩僧侶は、今は亡きお師匠さまから試されていたのだと振り返る。一回突き返されたくらいで取り止めるような熱意であれば不発に終わるのが目に見えている。それでもと食らい付いて、再度、当初の企画書を目の前に「いかがでしょうか?」ではなく「やらせて下さい」という責任は自分にあるとの思いで臨む意気込みに背中を押して下さったのだと思うと振り返ります。その証拠にお師匠さまは、一度たりともその企画書を開くことはなかったそうです。自身の当初の5年間はまさにその通りで、責任感のない半端な熱意と正義感を内に秘めるのみで、今なすべきことを後回しにしていたのだ。
青年会での20代は、青年会で自身が生かされないことを誰かのせいにしてきたと言って良い。30代はその反動で責任を問われることも年々増加して、重圧に押しつぶされそうになった。と同時に自信に満ち溢れ半ば強引にでも責任感をもって会員を引っ張っていく凄みある当時の先輩の姿と重ねると自身の至らなさを痛感した。
20年前に戻ったら青年会に入会するかと尋ねられたら、即答で首を縦に振るだろう。確かに青年会では、時間の制約は大。それでもその経験が血(ち)となり肉となり今の私がある。青年会卒会を間近にして修徒から責任ある住職となった。仲間と共に情熱を傾けてきた名古屋青年会を卒会したからには、この20年間の情熱が無駄ではなく、有意義であったと振り返ることができるよう日蓮聖人の教えを受け継ぎ、宗門の発展と自坊の山門隆昌の為に今度はさらに自覚を持って精進して参る所存です。

情妙寺修徒 林 教仁上人

平成23年3月末で青年会退会にあたり、情妙寺修徒 林 教仁 師の『今、思うこと』

 哲学者カントが「ああ、いかに感嘆しても感嘆しきれぬものは、天上の星の輝きと、わが心の内なる道徳律」と賞嘆し、その中から近代が生まれたといわれる。その近代の始まりには、要素主義が賞賛され、個人の自由、主体性の尊重が叫ばれ、その道程に近代社会が形成されていくが、その要素主義は「要素それ自体は他との関係を離れても不変である」という地点にたどり着くこととなる。しかしその自由の行き着く先は息苦しい閉塞社会であることに気がついた。そこで「関係」が提唱されていく。「一人の人間存在を成立させるためには、幾千万もの人々が交錯する巨大な相互依存関係が必要である」と、反要素主義者は論陣を張り、その影響下に今の私達も思考しているといえよう。

 さぁ、ここからです。前段では哲学史をあえて小難しく書きましたが、要素?関係?難しく考えなくても、その二千年前に、釈尊は私達に語り、そして私達は導かれました。人と人との頼りあい、人と自然との支えあい、自然の中で生かされて生きている私達。大宇宙の中で役割を持つ一つの生命。全ては真理として説き明かされています。私達は日頃に飲み、食べ、寝て生きています。カントが近代の門を開かなくても私達は、釈尊の導きの中で暮らしています。この当たり前のことが揺らいでいるのか、現代の閉塞感を突き破る思想として、仏教の持つ「共生思想」が取り上げられ、未来を切り開く思想であるといわれます。ここで冒頭のカントに戻りましょう。カントが感嘆した星の輝き、その一つ一つを私達と想像してください。一つ一つが輝く宝石と考えてください。大宇宙を形成する一つ一つの宝石は、一つ一つに価値があります。そこに上下高低の差別はありません。その輝きの源はどこにあるでしょうか?それは一つ一つの宝石にあるのです。しかし一つ一つの宝石の輝きは、小さな存在の小さな光です。ですが、その小さな存在の小さな光は他を照らすことができます。自らが他を照らし、自らも他より照らされている。自らが他より照らされていることに気がつくとき、自らも他を照らしていることに気がつくのです。この「気づき」が大切です。「心の内なる道徳律」などと湿った言葉は必要なく、そこにはイキイキと躍動する生命力がみなぎります。一般に共生とは「共に生きる」と説明されますが、「共に生まれる」と読み直したい。なぜ生まれるのか?それは仏様の教えに気づくことにより、生まれ変わることができるのです。日常に飲み食べ寝ているこの世界が、仏様に近づくことにより、変わります。生まれ変わることができるのです。要素主義?関係主義?その言葉のどちらかではなく、一人一人は価値と役割を持つ存在であり、その存在は他を照らし続け、かかわり続けることにより宇宙を作り上げる最高の存在でもある。このことに気づくとき、生まれ変わることができるのです。
 現在、仏教ブームと言われ、仏像の見方の解説書が売られ、ガラス越しに陳列された仏像を見ながら蘊蓄を語ることが流行しています。これも一つの入り口ですが、入り口でしかありません。仏教を勉強したいという入り口から、仏様に近づきたいという気持ちが芽生えたとき、生まれ変わります。博物館に陳列された仏像に美術的価値を見いだす以上に、散歩途中のお寺のご本尊様に手を合わし、路上の仏様に大宇宙を想像し、一握の砂と天上の星の輝きとを繋ぎ合わせながら合掌するとき、一人一人が生まれ変わるときです。
 イキイキと躍動し生命みなぎる活動をめざすこと、これが青年僧として、僧侶として、一人の人間としてのエネルギーであり続けねばなりません。

蓮勝寺住職 犬飼盛勝上人

平成22年3月末で青年会退会にあたり、蓮勝寺住職 犬飼盛勝師の『今、思うこと』

 今、お寺は大きく変わらなければならない時期にさしかかっています。いや、もうその時期を過ぎているのかもしれません。情報社会となって加速する時代に、これからのお寺というものを考えて行かなければ、今後お寺という存在価値が危ぶまれることになるでしょう。今考えて行かなければ次の世代、そしてその先の世代へと繋げていくことが難しくなっていきます。これから何をすべきなのか。どうすればよいのか。また何が必要なのか。私達青年僧は常に自問自答しております。

 作家童門冬二の著書「小説上杉鷹山」に「私は煙管を取って灰の中をかき回してみた。すると小さな火の残りが見つかった。火種は新しい火を熾す。その新しい火はさらに新しい火を熾す。その繰り返しが、必ず国を変える。そしてその火種は誰であろう自分だ。皆一人一人が火種となることだ。そして多くの新しい炭に火をつける。それらの中には濡れている炭もあるだろう、湿った炭もあるだろう。火のつくのを待ちかねている炭もあろう。ましてや、私の改革に反対する炭も沢山あろう。そういう炭たちは、いくら火吹竹で吹いても恐らく火はつくまい。しかし、その中にも、きっとひとつやふたつ、火がついてくれる炭があろう。そのためには、皆一人一人が、今、火種にならなければならない」とこのように書かれていました。米沢藩主であった上杉鷹山は「為せば成る 為せねば成らぬ 何事も」の歌も「してみせて 言って聞かせて させてみる」の言葉も残し、不撓不屈の精神で、人々の心に希望と信頼の火種を蘇らせました。かつてのアメリカ合衆国第35代大統領ジョン・F・ケネディは「世界で最も尊敬する人物はウエスギ・ヨウザン」と語りました。
 信念を強く持ち続けること。そして行動すること。 日蓮大聖人もまたそうであったように、私達青年僧も心の中に火種を持ち、その火種が周りに広がっていくよう信念を持ち続け、行動する。その「信念」と「行動」が青年僧に必要不可欠なものなのではないでしょうか。
 
 「仏様にとってお経はご馳走ですから」こんな言葉をお檀家さんから聞きました。料理を作る料理人が心を込めて作る料理には食材がもっている以上の美味しさがでると言われています。「仏様にとってお経はご馳走」ならば、仏様達に美味しくお経を召し上がって頂く為には心を込めてお経を読まなければなりません。心を込めてお経を読む事により「上手い」(うまい)お経が「美味い」(うまい)お経となります。心を込めて相手を想いお経を読むからこそ、そこにある「祈り」が伝わっていくのです。

 如来寿量品第十六の自我偈と呼ばれている偈(詩)の文中に「質直意柔軟」という言葉があります。
 「質直にして意(こころ)柔軟(にゅうなん)なり」
 「飾り気がなく真直ぐで、柔らかなすなおな心である」という意味の言葉です。
 若いうちは何事にも興味を持ち素直な心で人の話しを聞き、考えているですが、歳をとると共に人の話しを素直な心で聞けず、考えなくなってしまう。いつしかこの「質直意柔軟」ということを忘れてしまっている。そうならないように、常に正直で純粋な心で、いつまでもこの「質直意柔軟」で有り続けたいものです。

 住職となり、院首となり、第一線から退いても行動と信念の火種を持ち続け、新しい炭に火がつきますよう、そして美味いお経となりますよう心を込め、相手を想い、また感謝し、皆の幸せを願い、成仏を願い、「祈り」が必ず伝わることを信じ、日々精進する。その「心」「願い」「祈り」、「信念」と「行動」が青年僧にとって必要なことであり老僧となってもまた必要なことだと私は感じております。

・・・「その想いいつまでも」・・・


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